教育と就業のチャンス 傷ついた母国の現実
イラク南部に生まれ、首都バグダッドの大学で電子機械工学を専攻したナサーさん。奨学プログラムに選ばれ、米国のミシガン州立大学でさらに学びを深めた。大学で教え始めるなど順調な就業とは裏腹に、海外での生活を経て、数々の深刻な社会問題がより際立って感じられた。何かできないか―。
考えついたのは、車両の移動サービスを携帯電話・スマートフォンなどから利用できるようにするシステムの提供。国内どこからでもアクセスでき、通信状態の悪いところでも活用できる仕組みを整えられれば、強盗などの脅威から少しでも人々を守ることができる。
システムづくりを始めたものの、自立したビジネスとして継続的に運用するためには、創業のための実務的な知識とスキルが必要だと痛感した。「2019年度ユニタール広島研修プログラム―未来を変える:イラクの社会実業家や若きリーダーに力を」を知ったのはそんな時だった。
自立した経営と社会問題の解決を両立させる
難関の選抜をくぐり抜け、12カ月間の研修で起業のノウハウや意識を学んだ。交渉力、課題を発見し解決する方法、市場調査、消費者へのサービスや商品開発に、チームワークやリーダーシップ…。貪欲に吸収し、自らの企画について仲間と意見を出し合い、練りに練った。「商業的に利益を出すことと地元のニーズに即した社会性のある事業を実施することは両立できるとわかった。そのための方法を学んだことが、私にとってとても重要だった」とネイサーさんは振り返る。
ナサーさんはこのモバイルサービスを軌道に乗せ、新たなプロジェクトも計画している。「より多くの課題に向き合い、解決策を考えたい。雇用を生み、よりよいイラクを再建していくことにつながれば」と意欲を燃やす。
紛争による壊滅的な影響を乗り越え、国を立て直していくためには、資材を得るだけでなく、社会的・経済的な基礎を再構築していくことが必要です。人々が希望や尊厳、十分な機会を得られていると認識できるようになることが特に重要なのです。そのためには、意欲と才能を持った人々が、自らの国が息を吹き返すため力を尽くし続けられる環境が求められます。国連ユニタールは、ナサーさんのように若手や中堅の起業を目指す人々を支援し、この環境整備に貢献しています。研修修了生やその教えを受けたさらに多くの人々が、国や地域の経済成長につながる創造的な試みを次々に生み出してくれることを期待しています。