3Dゴーグル

3Dゴーグルをつけて映画やゲーム、遊園地などの娯楽施設での臨場感を楽しむ機会が広がっています。バーチャル・リアリティ(VR)は、もはや新技術というより、身近なツールになりつつあります。

新型コロナのパンデミック以前から、世界各地の研修生のニーズにあうようオンラインでの学習も取り入れていた国連ユニタールでしたが、フィールドワークにより実地での経験や訓練を共有するものや、豊かなリーダーシップを養うために対面でのチームビルディングを重視するものなど、対面式のワークショップが研修プログラムの根幹をなすものも数多くありました。

コロナ禍でこのような研修を現地で開催することができなくなりましたが、研修ニーズが消えてなくなるわけではもちろんありません。むしろ、海外からの支援が滞ったり、保健医療分野の需要の高騰によりその他のインフラや行政サービスが圧迫されたりと、様々な分野での潜在的な研修ニーズが爆発的に高まるケースも少なくないのです。

どうすれば、様々なコロナ禍での制約を受けながらも、スキルや考え方を効果的に学び取れる研修を、必要とする人々に確実に届けられるのでしょうか。

VR技術の導入

東北大震災で被害を受けた荒浜小学校(宮城県仙台市)

VR技術によるフィールドワークの追体験により、視察で得るはずの感覚や衝撃を追体験する、という1つの答えを見出したのは、津波防災に関わる女性のリーダーシップ研修を担当する持続可能な繁栄局の島津準子プログラム・オフィサーでした。この研修は、太平洋地域の小島嶼国の女性を対象としており、コロナ前は東北大震災の被災地や和歌山の避難行動、神戸の復興などを実際に見ながら防災計画構築を進める手助けをするものでした。

「実際に津波や地震など大きな災害の被災地に行って、遺族の証言や日常的な避難行動などにふれながら、その被害の大きさや、避難計画や防災活動がどう犠牲を小さくしうるのかを学ぶのがこのプログラムの根幹です」と島津は話します。「自分の五感すべてをつかって、自然災害がいかに理不尽に人の命や生活の場を奪っていくものか感じ取ること。防災について学ぶと同時に、多様で脆弱な人々に共感し、その視点を防災活動に盛り込んでいくことが大切なのです」。

関係先の協力も得て、被災地や遺族の証言などを360度ビューの映像により視察する講義をオンラインラーニングに取り入れました。3Dゴーグルを参加者に送り、各自で体感してもらいました。津波で子どもを亡くした父の証言を含めたこの回の講義には、「胸に突き刺さる」と防災計画の樹立に向け一気に前進し始めた研修生もいました。

今年度の研修では、映像をさらに拡充する予定です。「現地を視察でき、関係者と顔を見ながら双方向でのやりとりをするのが理想。でも、コロナを乗り越えるまで、オンラインでもさらにできることを広げたい」と島津。コロナの影響で空港や郵便機能が一時的に遮断されてしまい、首都から離れた島に住む研修生などの中には、ゴーグルの到着が数カ月遅れるケースもあったなど、想定通りではなかった部分もあるとか。今年度はさらに入念な準備を進めていくといいます。

VRは時間をも超える

高校生がVR作品を制作する様子

VRを活用した学びは、場所の隔たりを埋めてくれるだけでなく、時をも超えられる可能性を秘めているのかもしれません。核軍縮不拡散プログラムでは、VRゴーグルを使った平和学習資料の作成に挑んだ地元の高校生とオンラインで討議する時間を設けました。この研修は、主にアジアの外交・防衛に携わる政府職員を対象に、広島の被爆や復興についての学びも交え、核軍縮交渉に関するスキルを身に付けるものです。2020年度はオンラインで開催されました。

被爆者の証言を聴き、語り合うことで核軍縮への意欲を育むことが、これまでこのプログラムの基盤のひとつでした。しかし同時に、平均年齢が83歳を超える被爆者から次世代がどのようにその平和への希求を引き継いで訴えかけることができるのか。研修にとどまらず、広島や長崎の人々の共有する大きな課題を突き付けられてもきました。

福山市の高校生たちが制作したのは、爆心地を含めた、広島市中区の平和記念公園周辺のVR映像です。現在は美しく整備された公園ですが、原爆投下前はにぎやかに店や家屋が立ち並ぶメインストリートでした。そのにぎわいの様子、そして原爆投下後に燃え盛る炎の中で廃墟と化した街並みを映像化し、3Dゴーグルをつけてその場所を歩くことで、現在の街並みと被爆前、被爆後の街並みを合わせて体験できる素材を作り上げたのです。

フィリピンの研修生Ma. Glaiza Roncalさん

将来、この研修では、研修生を広島に招いた際、この3Dゴーグルをつけての街歩きをしてもらい、被害の大きさや核兵器のない世界への願いを実感してもらうことを検討してもいます。

「広島の被害と平和への願い、この二つの側面を学ぶのはとても印象的だった」とフィリピンの研修生Captain Ma. Glaiza Roncalさんも振り返っています。

何かを学び取ろうとするとき、技術や知識の獲得だけでなく、人と人との共鳴や衝撃が大きな鍵になることも多くあります。国連ユニタールの研修機会が、VR技術の導入によりさらにその時間や場所を超えて人々を結びつけ、学びの促進につながることを願っています。

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