背景

国連ユニタール広島事務所では、2015年から紛争後の南スーダンの若者の能力向上を目的とした奨学プログラムを実施しています。本研修は、起業、プロジェクトの立案と運営、リーダシップの分野におけるハードスキル(理論や手法等)ならびにソフトスキル(対人能力等)の向上を目的としています。研修における具体的な修学内容は組織のニーズの把握や分析、環境分析、ステークホルダー分析、リスク軽減、合意形成、円滑なコミュニケーションスキル、紛争からの復興プロセス、多様な働き方への理解、モニタリング・評価手法、ビジネスモデル、チームワークについてなど、多岐にわたります。

6ヶ月間の研修期間中、研修生は各1週間のワークショップ(国内において2回、海外にて2回の計4回)に参加します。また、研修生は教官のサポートの下、所属機関やコミュニティのニーズに沿った事業計画書を各自作成します。これまでに優秀な成績を残した研修修了生は、コーチ養成研修を受講し、次年度以降の研修においてコーチとして教壇に立ち、研修生を指導します。

2015年に始動した本奨学プログラムは、日本政府のご支援のもと実施しており、南スーダンや近隣国の社会経済発展と持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献を目指してきました。若者の能力育成・向上とより良い社会の実現へ向けて、日頃よりご支援頂いている日本政府に感謝申し上げます。

2015年以降、116名の研修生が本プログラムを修了し、そのうちの53名(46%)が女性です。過去5年間のプログラムについて、83%が研修で新しい情報を得ることができた、92%が職務に役立つ情報を得た、また、97%が学んだ情報を今後各自の職場で活用する予定と回答しています。

この度、本プログラムのこれまでの成果について考察するため、修了生を対象としたアンケート調査(実施時期:2021年3月、回収数:44名、回収率:38%)とインタビュー(計2名)を実施しました。以下では、調査結果に加えて、修了生が研修で得た知識やスキルを実際にどの様に活用しているかについて、体験談を通してご紹介します。

奨学プログラムのこれまでの歩み

数字で見る奨学プログラム

アンケート調査回答者のバックグラウンドおよび、研修で得た知識やスキルの活用状況

回答者の属性についてみると、75%が研修参加時に起業、リーダシップ、またプロジェクト・事業運営に重きを置く組織に所属していました。そのうち、48%が若手、あるいは中堅職員となっており、25%が管理職や中小企業の経営者でした。具体的な勤務先についてみると、回答者の84%が政府機関、NGOまたは民間セクターで勤務していました。また、受講者の61%が過去に起業、プロジェクト・事業運営に関する研修を受講した経験がありました。

アンケート調査によると、修了生の大多数(89%)が、研修で取得したハードスキルとソフトスキルの両方を職務に活用していると回答しており、本プログラムの成果を示しています(図2参照)。これらの知識やスキルについてより仔細にみると、チームワーク、リーダシップスキルと組織ニーズアセスメントの活用度が非常に高い結果となりました。活用事例として、事業パートナー選定プロセスにおけるニーズの把握、洪水発生時の国内避難民(IDP)キャンプにおける緊急対応、教育カリキュラムへの取り入れなどが挙げられました。

研修における学びを上手く活用することが出来た背景として、84%が研修を受講したことでついた自信、79%が知識の拡充、74%が研修の適切な構成と手法、69%が研修内容の職務における実用性を挙げています。これらの点から、個人のスキル、職場の環境、また適切な研修内容と構成それぞれが、修了生が研修内容をいかに活用できるかに関わっていることが窺えます。一方で、事業計画の遂行については、66%が資金不足が足かせになっていると回答しています。研修中に作成した事業計画について、実行した割合は37%(15名に相当)と低くないものの、多くの修了生が遂行段階で課題に直面しています。図3のとおり、資金不足、国内の治安問題、投資家とのネットワーク不足、新型コロナウイルス流行を含む衛生・環境面の課題が主な阻害要因として挙げられました。

研修での学びやスキルを個々に活用することに限らず、周りとの情報共有を促進することも、本プログラムの重要な目的の一つです。この点についてみると、回答者の多くが同僚(97%)、コミュニティの関係者(86%)、過去の研修生(82%)、また、メンターやコーチ(67%)と研修における学びや情報を共有したと回答しています。

過去の研修生をコーチとして迎えることにより、更なる相乗効果を生み、情報共有を推進するきっかけとなっています。研修にコーチとして参加した修了生からは、本プログラムがリーダシップスキルやコミュニケーション能力の向上、また、自信につながったとの声が聞かれました (BOX1参照)。過去に学んだ理論や手法等、ハードスキルを強化することもでき、研修の場を超えて、情報を共有・発信していく自信がついたとの声もありました。

コーチとして参加した研修修了生のコメント

物事の理解や解釈には個人差があることを学びました。

国連ユニタールでのコーチングの経験は大変有意義なものでした。異業種の研修生と意見交換し、親睦を深めることが出来ました。また、多様な意見を尊重することは大切ですが、困難を乗り越えていくには、コミュニケーションと協力が必要不可欠であると実感しました。この研修にコーチとして参加することでさらに自信がつきました。

コーチとしての研修参加は、学びの機会に満ちた、やりがいのある経験でした。また、コーチを務めることで自信につながり、研修内容の良い復習にもなりました。研修生や他のコーチとのネットワーク構築の機会にも恵まれ、今後専門性を身につけていく上でためになる、非常に充実した機会でした。

Christina Pita Luduku - 弁護士 – 個人法律事務所共同経営者

リーダーシップスキルを働く女性の活力に

2015年度プログラム修了生(ジュバ出身) ー 弁護士として法律分野の第一線で働くクリスティーナさんは、法学部で人権と女性の権利について熱心に学び、研究課題として紛争地域と復興プロセスにおける女性の権利について取り上げてきました。数少ない女性職員として南スーダン法務省の法律顧問のアシスタントや、国連ユニタールのコンサルタントを務めたのち、現在はNGOを中心に法的サービスを提供する法律事務所の共同経営者として活躍しています。さらに、社会貢献および弁護士としての技量向上のため、小規模のプロジェクトや NGOを対象に無償で法律相談にも応じています。

国連ユニタールの研修に参加する前は、起業やリーダーシップに関する知識はほとんどありませんでしたが、より良い社会を目指す上で、長い時間を要する法制度の整備だけでなく、質の高い事業が社会変革に必要なのではないかと感じ、本プログラムへの応募を決意しました。優秀で熱心なクリスティーナさんは、プログラム修了後、2016年から2019年にかけてもコーチとして研修に参加し、自身がこれまで培ってきた知識やスキルを研修生に受け伝えてきました。日中はモデレーターとして研修の進行役を務め、夜は研修生の事業計画と立の相談に応じるなど、多忙なスケジュールでしたが、コーチとして教壇に立つことでリーダシップスキルを養う貴重な経験となったほか、コミュニケーションやプレゼンテーションにおいても経験を積むことが出来、自信につながったといいます。こうして得たスキルや知識を、女性研修生と共有出来ることに、やりがいを感じたそうです。

その中でも特に印象に残っているエピソードがあります。優れた事業計画書を作成した女性研修生が、プレゼンテーションに苦戦していたのです。そこでクリスティーナさんは、自身の体験談や技術を活かし、毎日プレゼンテーションの特訓を行いました。その結果、研修生は自身の考えを上手く表現することが出来る様になりました。こうして研修中に培ったリーダーシップは、現在弁護士として働く中でも発揮しています。女性のエンパワーメントを支援する団体に所属するクリスティーナさんは、男性に比べ、女性の意見が軽んじられる事が多々あると感じています。その度に、所属団体の女性職員に対して、自分の意見やアイデアを上手に表現し、存在感を示していく事で仕事の価値も認められる様になると激励しています。

このほか、弁護士事務所や女性支援団体の依頼を受け、企画書作成等の業務も担っています。こうした企画書や規約、契約書の作成にも、研修で学んだ知識を応用しています。また、クリスティーナさんは、顧客の事業支援においてもモニタリング評価手法を用いています。こうした手法は、現地の同僚や顧客にはまだあまり馴染みのない、国連ユニタールで学んだ貴重なスキルです。

さらに、平和構築に関する知識も日常業務に役に立っています。長期間続いた内戦から復興を遂げようとしている南スーダンの様な国においては、視野を広く持ち、多様な考え方を受け入れられる寛容さが必要です。研修を経て、意見に相違がある場合でも、怒りの感情ではなく、尊重の念をもって、本質的な議論に集中すべきだと気づいたクリスティーナさん。信頼関係を損なわないよう、日頃から他者との良好な関係を構築することが重要であると学んだそうです。

研修の学びを活かす上で役に立っているのは、修了生のネットワークです。研修後も、定期的に連絡を取り合い、事業の進捗状況や案件について情報を共有しています。弁護士事務所に相談に来るNGOが、他により専門的なアドバイスを必要としている場合などには、国連ユニタールのプログラム修了生を紹介することもあります。

この様に職務における知識を幅広く共有してきたクリスティーナさんですが、自身の事業の遂行に関しては課題に直面しています。法務省管轄のジュバ刑務所で女性受刑者の法律相談に乗るという事業計画でしたが、刑務所の運営部から情報を得ることが困難であるほか、当時の上司から充分な理解を得ることも出来ませんでした。こうした中、自己資金では事業を行うことが出来ずにいます。

これまでの経験を振り返り、国連ユニタールの研修に参加する事ができたことに大変感謝している、とクリスティーナさん。今後も本プログラムが継続され、更に、これまでの修了生の事業計画を遂行するための開業資金の支援制度が整うことを願っています。

Hakim Monykuer Awuok - エンパワーキッズ(南スーダン・NGO)コンサルタント / 南スーダン内閣省内閣決議部企画官

ONA(組織ニーズアセスメント手法)で子供たちの未来を開拓

2015年度プログラム修了生(ジュバ出身) ー 大学で行政学、大学院で公共政策を学んだハキームさんは、2014年から南スーダンの子供たちに教育の機会を提供するエンパワーキッズという NGO でコンサルタントを務める傍ら2016年からは内閣府の内閣決議部におけるポストを兼任しています。長年NGO の活動を支援してきた経験から、南スーダンに暮らす人々の待遇改善に貢献する事業を実施したいと考えていました。

以前から、自身の創造力や職務経験を活かして事業を展開するには、新しい知識やスキルが必要だと感じていました。特に、当時の一番の課題はニーズアセスメントに関するスキルを取得することでした。こうした背景から、国連ユニタールの研修に応募しました。研修に参加することにより、ニーズアセスメントを実施する自信がつき、仕事の質も向上したと言います。個々のコミュニティが様々な問題を抱える中、根本的な問題を把握することが出来なければ、課題の優先順位やプロジェクトにおける判断を誤ってしまう、と語るハキームさん。

エンパワーキッズでは、ハキームさんの指導のもと行ったニーズアセスメントの結果を受けて、様々な新しい取り組みを始めました。例えば、女子学生の欠席や中途退学の一因に、生活の困窮により、生理用品が購入できないことがあることが判明しました。生理用品を買うことが出来ずに男子生徒にいじめられ、登校を拒否するようになった女子学生もいます。こうした背景を踏まえ、生理用品を配布し、生理についての啓発活動を行うことが解決策につながると考えました。こうして国内外からの支援を募ったところ、ウガンダの団体に賛同を得ることが出来、共同で「女子学生の日 ー Days for Girls」の取り組みが始まりました。

このほか、ニーズアセスメントにより、多くの家庭においてデジタル媒体にアクセスする環境が整っていないことが、教育省管轄の無料オンライン教科書の普及の障壁となっていることがわかりました。この結果を受け、エンパワーキッズは、中学校にオンライン図書館を設立することにしました。太陽光充電式のタブレット端末50台を配布することで、生徒誰もが教科書を利用できるようになりました。国連ユニタールの研修で得た知識やスキルがなければ、本当に必要とされているものは何か、見極められず、こうした新しい取り組みに乗り出すことも出来なかった、と語ります。

ウガンダでコーチ養成研修を受講し、コミュニケーションスキルを磨き、2017年度の研修にもコーチとして参加したハキームさん。知識を取得することを目的とする研修生とは違うコーチとしての立場での研修は、新しい学びがあり、他者との接し方や、助言を上手く取り入れてもらうためのアプローチを実践的に学びました。こうした研修での経験を活かし、組織全体のスキルアップにも尽力しています。これまでにエンパワーキッズの職員を対象に2回のワークショップを開催し、研修での学びを共有しました。内閣省でも同様に新しいスキルや知識を活用しようと試みましたが、上司の理解を得ることが出来ず、現在のところ実践には至っていません。

これまでの大学や大学院での学びだけでなく、これまで構築してきたネットワークが糧となり、国連ユニタールの研修で得たスキルを上手く活用することが出来たというハキームさん。しかしながら、個人で事業を立ち上げるのにはまだまだハードルが高いと感じています。国連ユニタールの研修で作成した事業計画は、女性難民の経済的自立を支援するため、手工芸品の技術研修を行うという内容でしたが、開業資金を集めることができず、断念せざるを得ませんでした。

本奨学プログラムの一員として、また、コーチとして参加出来たことを誇りに思っていると語るハキームさん。今後は、国連ユニタールや関連団体が修了生の外部資金調達を支援することが、事業遂行の更なる後押しになるのではと考えています。

おわりに

今回のアンケート調査や体験談から、本プログラムの実践的な研修内容が、参加者の職務生活に貢献していることが見て取れます。研修後、本プログラムにて学んだハードスキルとソフトスキルの多くが幅広く実務に活用されています。ハードスキルのうち、特に汎用性が高いスキルはONA(組織ニーズアセスメント手法)でした。ソフトスキルについても、研修中に学んだチームワークやリーダーシップスキルを職務に活かしているとの声が多く聞かれました。本プログラムと、研修生の職業や過去の研修参加経験における学びが相乗効果をもたらし、新しい知識やスキルの実践につながっています。また、本プログラムの構成や、コーチやメンターのサポート体制も成功要因の一つです。優秀な研修生をコーチとして再度研修に迎え入れることにより、研修生、コーチともに更なるスキルアップにつながり、人的ネットーワーク拡大の機会にもなっています。

国連ユニタールにて実施している他の研修の評価結果同様、事業を計画から実践に移すには様々な障壁・課題が残る中、多くの修了生が起業の準備を進めており、既に進行している事業もあります。こうした中、本プログラムをより有意義な研修にするため、修了生から寄せられた提言は以下の通りです。

  • 助成金申請に向けた企画書の書き方についての研修を拡充するべき。
  • 事業の遂行・発展を支援するため、修了生と投資家や関連団体を繋ぐ場を提供すると良い。
  • 研修後のメンターによるフォローアップが必要。    

本プログラムの貢献は、個々の研修生の知識やスキルの取得にとどまらず、一部の研修生間のコミュニティの構築、継続的な意見交換や求人情報の共有にも及びます。国連ユニタールでは、今後も修了生の知識やスキルの活用を促すべく、こうした好事例を参考に、更なるコミュニティ支援を検討していきたいと考えています。

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Leadership
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